École de langues MILOU

名古屋でフランス語教室を開講しています。アットホームな雰囲気で楽しく学べるといいなと思っています。このblogでは愛犬ミルーの日常とともにフランス語、本や映画、そして旅の記録を綴って行きます。
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パリのカフェを作ったのは?

土曜日の「世界ふしぎ発見」は
フランス・ロワール川流域の食特集でした。

一番印象に残ったのは、ロワール川流域の
とあるお城のトマト菜園。
色とりどりのトマト!トマト!トマト!!
        
なんて美味しそうだったこと!!

そして砂糖がオリエントから伝わったとも言っていました。
フランス語の砂糖は sucre。
実はアラビア語起源なんですよ。
(そのアラビア語はさらにサンスクリット起源です

さて、番組によると、
ロワール川の源流はAuvergne(オーヴェルルニュ)地方だそう。
(auberge(宿屋) でも aubergine でもありませんよ。注意
オーヴェルニュとはフランスの中央高地 le Massif central あたりを
指します。
映画 "Être et Avoir" の舞台がここでした。

Auvergne と言えば Auvergnat(オーヴェルニュ人)。
Auvergnat といえば、真っ先に思い出すのが
café parisien(パリのカフェ)。
番組でも紹介されていました。

犬も歩けばカフェと薬局にあたる
と言われるパリ。(失礼。私見です。)
パリは近代以降、カフェと呼ばれる食事と飲み物をだす店の数を
どんどん増やし、労働者から貴族まで、あらゆる階層の人々の
胃袋を満たしてきました。

そこにはあらゆる階層の人が(階層別に)集まり、
あるカフェは政治的な集会所、
あるカフェは労働者の食卓、
あるカフェは文学者の書斎、
あるカフェは貴族のサロンなどとして
パリに生きる人々の生活に大きく関わる場所となりました。

このように、パリという都市の原動力、パリの象徴とも言えるカフェ
ですが、その担い手は今も昔もパリジャンではなかったのです。
では誰がパリのカフェを発展させたのか?
実はそれこそ、働き者のオーヴェルニュ地方出身者なのです。

番組でも、現在パリのカフェの8割以上がオーヴェルニュ地方出身者に
よって営まれていると説明されていました。

オーヴェルニュ人は、出稼ぎにやってきたパリで、
重労働を伴う水運びの仕事を始め、そして空いた時間に炭屋を兼業。
そして次は炭を置くために借りたスペースの空きを使って
カウンターを作り、そこでワインを提供し始めたのが、
現在あちこちで見られるパリのカフェの原型になっているそうです。

 ※ カフェのカウンターは、そのまま comptoir でもいいですが、
  より典型的には zinc と言います。
  当時のカウンターが亜鉛=zinc に覆われていたことに
  由来します。

さて、オーヴェルニュ人とカフェの関係が詳しく書かれているのが、
玉村豊男さんのこの本。

パリのカフェをつくった人々 (中公文庫)
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パンとワインとおしゃべりと (中公文庫) 健全なる美食 (中公文庫) 食客旅行 (中公文庫) パリ・旅の雑学ノート―カフェ/舗道/メトロ (中公文庫) 男子厨房学(メンズ・クッキング)入門 (中公文庫)


たくましいオーヴェルニュ出身者が19世紀以降、
どのようにパリの顔となるカフェを生み出して行ったのかが、
彼らの気質、当時の環境に触れながら、描かれています。
他にも、クレープやガレット、それに牡蠣など、
フランスの食文化に関わる面白いお話が満載です。

少し気になるのが、、、

「世界ふしぎ発見」では、オーヴェルニュ人がロワールの清水をパリに
運ぶ商売を始めたことが、後にカフェ文化を花開かせることになったと
言っていましたが、(少なくともそのように聞こえましたが)
玉村氏の本では、マジメでよく働く彼らが、セーヌの水を
アパルトマンに住む人々の家まで階段を上って運んだことから始まる、
とありました。

どうも後者のほうが、ありそうに思えるのですが、
どうなんでしょうか?

とにもかくにも、
パリの代名詞とも言えるカフェが、実は山奥(失礼。)から
やってきたごつい男たちによって発展したというのは
意外な話じゃありませんか?


追記)ご興味のある方へ

パリで最古のカフェは、Odéon 界隈に現存する Le Procope.
もともとは、アルメニア人がコーヒーをこの地に伝えたのが
始まりだと言われています。
そして、パリにカフェが増え始めたのは革命後。
革命で王室に雇われていた料理人たちが仕事にあぶれ、
街で飲食店を始めました。
その後、オーヴェルニュ人たちの出稼ぎ商法の発展により、
カフェはパリ中にあふれることになります。
かすかな記憶によると、19世紀後半か20世紀初頭の
パリのカフェは既にロンドン、ニューヨークなど他の大都市と比べても
その人口あたりの店舗数において圧倒的に上回っていたはずです。

パリのカフェの歴史、特に労働者の集まるカフェの話は
この本に詳しいです。

「パリのカフェの世界」

The World of the Paris Café: Sociability among the French Working Class, 1789-1914 (The Johns Hopkins University Studies in Historical and Political Science)The World of the Paris Café: Sociability among the French Working Class, 1789-1914 (The Johns Hopkins University Studies in Historical and Political Science)

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主に革命後から第一次世界大戦までの、パリの労働者が集まるカフェを描いています。

いわゆる「お洒落なカフェ」とは全く違う、労働者たちの通う
生きるための、生々しい生活の場としてのカフェの姿が垣間見れます。
ただ英語なので・・・
私はもう読みたくありません

また、いわゆる「パリのカフェ」の代表のひとつ
Café de Flore で起きた出来事等々については
次の本が生き生きと語ってくれます
おすすめです。

カフェ・ド・フロールの黄金時代―よみがえるパリの一世紀カフェ・ド・フロールの黄金時代―よみがえるパリの一世紀
Christophe Durand‐Boubal

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上で紹介した本は全て教室の本棚にあります。
よろしければ手にとってご覧ください。


ecolemilou@gmail.com
公式HP:École de langues MILOU
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【 2009/11/10 (Tue) 】 旅・フランス | TB(0) | CM(0)
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Author:cocomilou
看板犬のミルーです
シルバーのトイプードル
2004年クリスマス生まれ
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